内田 悦子(うちだえつこ)

IMG_4694_edited.jpg

1965年4月2日生まれ

*幼少期*

3歳からピアノを始めました。

*小学校時代*

毎年の運動会でリレー選手になるなど活発な女の子でした。

ピアノは、母に叱られるのが嫌で、毎日1時間の練習をこなしていました。

*中学校時代*

中学校時代は、テニスに目覚め、真っ黒に日焼けして

ボールを追いかけていました。

中学3年生の秋に、受験があるので・・・とピアノを辞めた時期に

自分は「本当はピアノが好きで、ピアノを弾きたいんだ」ということに気付き

ピアノを辞めて1ヶ月後にピアノを再開。

その間に、音楽高校の存在を知って、当時の担任に相談。

「この中学校に前例がないから自分で調べて資料を取ってこい!」と

言われ、インターネットなどない時代だったので、冬期講習会に参加して

資料や情報を取ってきました。

冬期講習会の時に、「才能がある」と褒められ、その気になった私は

それから2月まで猛練習の結果、無事合格!

この瞬間で、私の一生が決まりました。

*高校時代*

東和大学付属高等学校音楽科(現・純真高校)に進学。

当時、担任の先生、実技の先生、楽典・和声の先生に恵まれ

自分の夢が定まり、練習・勉強に励んだ3年間でした。

夢は、東京音楽大学でした。演奏学科の指定校推薦までもらっていましたが、

都会に出ることに親が納得してくれず、東京音楽大学を諦め

地元の福岡女子短期大学音楽科ピアノ専攻に入学。

*短大時代*

先生との約束で、成績上位の生徒が参加できる卒業演奏会のステージに立つ!

この目標を持って2年間の短大生活を過ごし、無事演奏会に出場。

教授から専攻科に進むことを勧められるが、早くピアノ講師として仕事がしたくて

在学中に採用試験を受け、卒業後は、ヤマハ音楽振興会システム講師として、

甘木の楽器店に所属。

 

*結婚後*

23歳で結婚。翌年、一人息子を授かりました。

 

結婚を機に、八女の楽器店に異動。

当時は、ヤマハ音楽教室の全盛期だったので、ヤマハの生徒様だけで100名以上を

担当していました。

 

ヤマハでは、総合音楽力や適期教育​​を学び、31年勤めて退職。

 

その後は自宅で「内田悦子音楽教室」を開講。

開講後は、毎年120名前後の生徒様が常に在籍している教室になりました。

​現在も126名の生徒様が通っていらっしゃいます。

 

生徒様の中から、全国大会1位など毎年10名近くの生徒様が全国大会に出場。

各生徒様がそれぞれの目標を持ち頑張っていらっしゃいます。

現在に至る・・・。

*活動*

​九州国際バッハ音楽コンクール審査員

​日本クラシック音楽コンクール審査員

​全日本指導者協会指導者会員